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2010年02月20日

藤井厳喜アカデミー【国民の為の政治学】第1講「デモクラシーとは何だろう?」本講義&補講(動画)

藤井厳喜アカデミー【国民の為の政治学】カリキュラム→pdfファイル

以下、公式webサイトでの解説と講義動画をどうぞ。

→【藤井厳喜アカデミー】国民の為の政治学・第1講「デモクラシーって何だろう?」(全7本)
http://www.gemki-fujii.com/blog/2010/000561.html

>政治学講座の第1講は、「デモクラシーとは何か?」を、解明する事である。

我々はあまりに安易に民主主義、民主主義と言い過ぎているのではないか。

民主主義が良いとか悪いとかいう前に、私はそもそも、民主主義なるものは元来、存在しないものであると考えている。
英語のデモクラシーを民主主義と訳したのは明らかな誤訳である。
先ず、その事を明確にしておきたい。

それでは、デモクラシーとはどのようなものなのか、言葉の正確な定義から始めようではないか。
簡単明瞭な定義なくして、正確な認識を得る事は出来ない。

学問の第一歩は、明瞭な定義から始まる。
明確な概念(コンセプト)を、使う事によって我々は明確な思考をする事が出来る。
全てが曖昧な状況の中から、明快な認識を導きだす事が学問の役割である。

明快に考える事が出来なければ、明快に行動する事は出来ない。
私が講義するところは一見、抽象的で概念的な事だと思うが、実はこれが最も明快な具体的な行動の基礎となってゆくのである。
人間は、頭脳によってしか行動する事が出来ない。
曖昧な認識は破綻した行動を生みだす。
明快な認識は、明快な行動となって表れ、希望する結果と結びついてゆく。

曖昧さを排し、明快さを求める事は、人間が最も深いところで欲求する事でもある。
概念的(コンセプチュアル)である事が実は、最も現実的である事に人々は気付くであろう。

「抽象的な事が実は、最も具体的である」といったヘーゲルは、存外正しかったのである。

やや、ペダンティックな序説で恐縮。
以下の講義を、シッカリご覧頂きたい。










《補講》

> 本日の講義は、藤井厳喜アカデミー「国民の為の政治学」講座、第1回「デモクラシー(民主政治)とは何だろう?」(既に2月12日配信済)のより詳しい補足解説版として、お送りさせて頂くものとなります。

「民主政治とは何か」「国家とは何か」を、考えるヒントをこの補講の中で、更に詳しく解説しています。

実は、民主国家の参政権と国防の義務は表裏一体のものなのです。

この事が、分かると、外国人参政権なるものが、それが地方参政権であれ、全く論ずるに値しないナンセンスなものである事が即、理解できます。
それは既に、古代アテネの民主政治においてそうであり、近代のデモクラシーにおいても当然、その原則は貫かれているのです。

 政治一般を、論ずる時に「正統性(Legetimacy)」と「効率性(Effectiveness)」という二つの概念を対にして用いる。
1つの国家形態なり、法律なり、政策なりが「良い」か「悪い」かを判断する時に、この対概念が用いられる。

「良い政策」とは、正統性もあり、効率性もあるような政策の事である。
それでは、我が国の現行憲法は、この視点からどのように評価されるのだろうか?












posted by 真 at 00:42| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 藤井厳喜チャンネル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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